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真幸駅 (読み:まさき)
 明治44年(1911年)5月11日開業/無人駅/木造駅舎/便所有り
矢岳駅へ吉松駅へ


今はただ平穏な日々を
 開業当時は、蒸気機関車が鉄道の主役でした。煙を吐きながら力強く走ってくる勇姿は、今も昔も人気の的です。
 しかし、意外と蒸気機関車は勾配に弱く、駅は必ず平坦な場所に作らなければなりませんでした。
 真幸駅は、そんな条件を満たすために、スイッチバック構造で作り上げられました。
 開業当時は乗客数も多く、忙しくも平和な日々が続いていました。
 昭和47年7月6日、そんな真幸駅に悲劇が起こります。山津波です。
 駅の北側で起きた山津波は、線路や駅を半分程埋め尽くすと、駅前の集落をも襲ったのです。
 被害者数は調べていませんが、相当数の犠牲者が出た事は、想像に難くありません。
 翌8月には、真幸駅は復活しましたが、駅前の集落はダメージを受けたまま、衰退してゆきました。
 その後、鉄道から自動車へと人の流れは移り、今ではお決まりのローカル線となっています。
 今では民家もまばらで、地元の駅利用者数は数えるほどです。

 ローカル線の雄大なスイッチバック駅として有名になった真幸駅。
 「真の幸福」と解される駅名は縁起が良いと、吉松や人吉の駅で記念入場券が発売されています。
 また、昨今のいさぶろう・しんぺい人気で、真幸駅に訪れる観光客の数も増えました。
 願わくば、今の平穏な日々が続いて欲しいと思います。

沿線観光地
 駅自体が観光名所です。スイッチバック構造に縁起の良い駅名。最近は、真幸駅で数分停まってくれる観光列車「いさぶろう・しんぺい号」が1日2往復しています。
 休日には、真幸駅ホームに地元の物産を出す出店も出店しますので、是非「いさぶろう・しんぺい」号で訪れて下さい。

真幸駅の写真
駅前通り
駅前はご覧の通り、国道447号線のみです。
駅前商店や自販機はおろか、民家さえありません。
駅舎
実はこの駅舎、開業当時から建っています。山津波もここまでは襲えなかったようです。
待合室
木製の長椅子は、地元の有志の方が作成、寄与されたものです。
最初は2つあったのですが、片方はJRの方が矢岳駅に持って行かれたそうです。
制作理由は、もちろんここで駅寝を快適に…って、何でもありません。ええ(汗)。
上り一番列車
人吉行きの一番列車が到着しました。
この時間はキハ31が走っていますが、いさぶろう・しんぺい号は、新型(改造車ですけど)車両が2両編成で走っています。
お見送り
スイッチバック構造の駅なので、人吉方面へ行く列車は、ホームで1回、登って行く線路で1回と、2回も見送る事が出来ます。
面白いですね。
駅名表と幸せの鐘
真幸駅名物の幸せの鐘、実は昔からこの位置に設置されている訳ではありません。
初めていさぶろう・しんぺい号が走った平成8年3月に、ここに設置されたのです。
それまで鐘は大事に保管されていました。
山津波記念
記念というと、どうしても楽しい事を想像しがちですが、これは過去の参事を後世に伝えようと残された岩です。
こんな大きな岩が、瞬時に流されていく山津波は、想像を絶する程の大惨事だったに違い有りません。
車止めの向こう
車止めは、中途半端な形で終わっています。
それもその筈、この向こうに見えている壁は防砂ダムの一部です。
山津波が来る前は、この先もう少し線路が続いていました。
お月様
上記の撮影場所から後ろ側を撮影しました。
朝6時頃の撮影でしたので、駅の上空には、まだお月様が顔を出しています。
下り一番列車
人吉行きが折り返して、吉松行きとして真幸駅に戻って来ました。
観光列車以外の普通列車は、乗客が0なんてこともざらなローカル線です。
真幸文庫
待合室には、「真幸文庫」と銘打った私設図書館(と言うか本棚)があります。
一緒に写っている方は、この真幸文庫の管理人の「こうせつ」さん(もちろん偽名)。
設置したきっかけは、「真幸のゆっくりとした時間の中で、ゆったりと本を読んでもらう為。」だそうです。
人気の本は、設置してもすぐに持っていかれてしまうそうですが、逆に皆さんに読んで貰いた本を置かれてゆく方もいるそうです。
駅名表
駅舎を出てすぐの場所にある駅名表です。
駅全景
人吉方面から列車で降りてくると、この光景に出会えます。
さすがに幹線の駅として開業しただけあって、駅構内は広いです。
この写真だけ、平成14年12月16日撮影です。
平成17年(2005年)3月30日 しいさん撮影

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平成17年(2005年)4月9日公開
平成17年(2005年)9月18日訂補